こんな人に刺さる
- パツパツのジャージで突っ張る胸元のラインに股間が熱くなる人
- Fカップ(90cm)のおっぱいの谷間と汗ばんだ匂いに溺れたい人
- 薄いTシャツを押し上げるマネージャーのおっぱいに妄想が止まらない人
俺は昔から、運動部の隅にいるマネージャーをまともに見られなかった。声をかけられるわけでもなく、ただ給水のときに通り過ぎる残り香だけ覚えていて、すれ違ったときのシャンプーの匂いを、家に帰ってから思い出すような側の人間だ。届かない。最初から、ずっと届かない側にいた。
その記憶のど真ん中を、石原希望のジャージが撃ち抜いてくる。ファスナーを上まで上げているのに、胸元だけが言うことを聞かずに突っ張っている。パツパツのジャージは、隠すための服のはずなのに、隠しきれていない生地のラインがかえって全部を語ってしまう。俺が体育館の隅でずっと見ないふりをしていた輪郭が、画面の中で堂々と存在している。
汗をかいて薄いTシャツに着替えれば、今度は生地が肌に張りつく。Fカップの重みが、動くたびに生地の内側でわずかに遅れて揺れる。あの満員電車で前に立った女性の背中越しに感じたのと同じ、こっちが勝手に意識して目を逸らすしかなかった気配が、ここでは逸らさなくていい。
ずっと見ているだけだった。見て、想像して、そこで止めるのが俺の現実だった。でも——この作品の石原希望は、見られることを前提に立っている。盗み見も、寸止めも、いらない。
この作品、それを心ゆくまでやっていいやつなんだ。
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服越しに浮かぶFカップの輪郭を、いろんな角度で追える一枚一枚。
正直に言うと、俺はこういう「見せてくれる側」の女に弱い。現実の俺は、相手が一歩こっちを向いてくれた瞬間に目を逸らしてしまうような男だ。だから画面の向こうで、逸らさなくていいと許されているこの距離が、まぶしくて仕方ない。ジャージの胸元で突っ張る生地のラインを、最後まで目で追っていい。それだけで、俺の現実の何年分かが報われる気がする。心ゆくまで見たらいい。今日くらいは。
石原希望は、隠そうとした瞬間にいちばん輪郭が出る人だ。ファスナーを上げる仕草、振り向く角度、給水で前かがみになる一瞬——服が肌に張りつく場面ごとに、見え方の表情が変わる。