こんな人に刺さる
- ワンピースや部屋着の上からでも分かる、義母さんのEカップの丸みに目を奪われる人
- Eカップ(85cm)の谷間と汗の匂いに溺れたい人
- 「義母さんだって孕みたい」という背徳感に、生活着のまま距離を詰められて理性をなくしたい人
俺が「義母さん」という言葉に弱くなったのは、たぶん友達の家に遊びに行っていた頃のせいだ。夕方、台所から出てくる母親でもない女の人。エプロンをつけたまま、少し疲れた顔で麦茶を出してくれる。こっちは高校生みたいな顔をして座っているのに、向こうはもう男も結婚も生活も全部知っている大人だった。
あの距離感は、妙に残る。母親ではない。でも、女として見てはいけない。なのに、ワンピースの胸元が少し浮いたり、部屋着のニットが体に沿ったりすると、目だけが勝手に反応してしまう。いちばん見ちゃいけない相手ほど、生活の中の一瞬がやけに濃く残る。そういう後ろめたさを、俺はたぶん今でも引きずっている。
水野優香のこの作品は、その「見ちゃいけない義母さん」を正面から差し出してくる。元タイトルからして『義母さんだって孕みたい。』だ。人妻で、年上で、生活着が似合って、それでいて体はまだ女として熱を持っている。母の顔をしているはずの人が、Eカップの体を隠しきれないまま、こっちに女の欲を向けてくる。この背徳感は、きれいごとでは逃げられない。
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ワンピース、部屋着、ニット、エプロン越しに、義母さんの体が生活感ごと滲んでくる一連だ。
この作品で効くのは、派手な若さじゃない。台所に立っていそうな距離、少し低い声、こちらを子供扱いしそうな年上の余裕。その全部が崩れて、女としての欲に変わる瞬間だ。人妻ものや熟女ものが好きな人ほど、ただ脱ぐより前の段階でやられると思う。エプロンの紐、ニットの胸元、ワンピースの腰つき。そういう生活の細部に、義母さんの体温が乗っている。
そして「孕みたい」という言葉が、どうしようもなく重い。単なる中出しじゃない。家族の距離にいる女が、自分からその一線を越えてくる。いけない相手だと分かっているのに、向こうのほうが先に覚悟を決めている。その年上のずるさに、こっちはもう勝てない。見ちゃいけなかった義母さんを、今夜だけは最後まで見届ければいい。
生活着のまま見せる年上の余裕とEカップの丸みが、義母ものの背徳感を静かに押し上げてくる。